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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2567号 判決

控訴人(附帯被控訴人)

甲野太郎(仮名)

被控訴人(附帯控訴人)

甲野花子(仮名)

右訴訟代理人

松田武

主文

原判決を、次のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人)と控訴人(附帯被控訴人)とを離婚する。

控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金四〇万円、および、これに対する本判決確定の日から支払ずみまで年五分の金員を支払べし。

被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求(当審における請求拡張部分を含む)は、これを棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その四を控訴人(附帯被控訴人)の、その余を被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実《省略》

理由

一離婚請求について

被控訴人の離婚請求に対する判断は、当裁判所も結論において原判決と同一であり、次に附加訂正するほか、原判決理由一、二と同一であるから、これをここに引用する。右認定に反する当審における控訴人本人尋問の結果は、その根拠に乏しく、にわかに信用することができず、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によると、控訴人には、被控訴人が控訴人と山川良子〈仮名〉との交際関係をいとうことに対する思いやりが乏しく、昭和四〇年二月二二日当事者双方が雅叙園に宿泊した際右良子も同じホテルに宿泊したことにつき被控訴人が疑心を生じ控訴人に問いただしたところ、控訴人が十分な説明もすることなく、かえつて激怒して被控訴人を殴打する暴行を加え、ために被控訴人がその処遇に耐えかねて同ホテルを出て知人宅に身を寄せ以後別居するにいたらしめたこと、婚姻後三か月目ころから生活費を被控訴人に渡さず、別居以後被控訴人が就職するまでのうち相当期間、控訴人が被控訴人に生活費を送れる収入、生活状態にありながら(この点は〈証拠〉から認められる。)、一度も送金せず妻を困窮におとし入れたことなどがあり、現在は当事者双方の婚姻関係は、夫婦間に深刻な疎遠を生じて破綻しており、右破綻は被控訴人が自ら求めた別居に端を発しているとはいえ、その根本は控訴人の右のような行動態度が主たる原因となつて生じたものというほかなく、当事者双方の婚姻関係は、控訴人も現在では離婚を求めていること(この点は〈証拠〉から認められる)、現在控訴人が乙山文子〈仮名〉と同棲していることなどからみて、回復の可能性がないということができる。したがつて、被控訴人にとつて、これらの事由は民法七七〇条一項五号の婚姻を継続し難い重大な事由に該当し、被控訴人は自ら控訴人に対し離婚を請求しうるものとして、これを認容すべきである。

二財産分与および慰藉料の請求について

被控訴人は離婚に伴う財産分与金五〇万円、慰藉料金一〇〇万円を原審において請求したのに対し、原判決が金一〇〇万円のみを認容し、その余を棄却したため、右敗訴部分に対して附帯控訴するとともに請求を拡張し、慰藉料としては六〇〇万円を請求しているので、以下これについて判断する。

まず財産分与についてみるのに、前段認定事実によれば、被控訴人が昭和三九年一〇月二〇日控訴人と婚姻挙式後同棲し、同年一二月五日婚姻届出し、昭和四〇年二月二二日に別居するにいたつたものであり、〈証拠〉を総合すると、婚姻中双方の協力で得た財産はないが、被控訴人は右同居期間中通常の程度の家事労働をし、同居期間中控訴人が被控訴人に交付した婚姻費用分担金は多くても月金二万五、〇〇〇円であつたことが認められるところ、これら一切の事情をしんしやくして本件における財産分与額は金一〇万円をもつて相当と認める(その裁量の詳細は以下のとおりである。すなわち、妻の家事労働のうち代替的労働は、婚姻生活共同体維持のため婚姻費用分担の一形態として労務を提供するもので、第三者を雇つた場合に支払うべき賃金を免れる関係にあるから、婚姻を継続する限り清算を要しないが、離婚にあたつては、それを金員に評価し、妻が夫から交付を受けた婚姻費用分担金中妻の生活部分と、家事労働の対価との間に差があり、夫に未払部分が残存する場合、民法七六八条により、夫は妻に対し、右清算額相当の財産分与をすべきものと解するのが相当である。本件において、右認定の婚姻費用分担金中妻の部分は労研方式で算定すると、金一一、一〇八円(。消費単位は夫一〇〇、妻八〇)であり、被控訴人の家事労働の対価は、少なくとも昭和三九年一〇月から昭和四〇年二月における女子平均賃金一七、四三一円(日本統計月報四四、四六号の、全調査産業女子平均昭和三九年一〇月一七、一二五円、一一月一七、三九〇円、昭和四〇年一月一七、七七九円の平均)を下回ることはないものとみられ、被控訴人のした家事労働の対価のうち右婚姻費用分担により支払われた割合は六四%にすぎず、残余三六%は未払分である。ところで、昭和四〇年と現在とでは経済事情が変動したので、財産分与額は現在の評価に従つて算定するのが妥当であり、現在の女子平均賃金は金七六、一四〇円であり、(労働資料速報一一七号一〇頁、東京都労働局調査、中小企業における女子平均賃金による。)、これに右未払分割合三六%を乗じた金二七、四一〇円が一カ月分の現在額であり、被控訴人の同居期間は四カ月であるから、四倍した金一〇九、六四〇円がその清算額であると一応算定できる。本件では、非代替的家事労働はみるべきものがないから、右算出額を基準にし認定の諸事情を考慮して、家事労働の評価による財産分与額を裁量すると、金一〇万円をもつて相当とする。なお、控訴人が被控訴人に対し別居後相当期間、すなわち一応同居期間に対応する期間程度は少なくても婚姻費用を支払う義務があり、それを怠つていることは前述のとおりであるが、被控訴人は別居の際控訴人から預かつていた金員のうち金二四万五、〇〇を持参し、これをもつて被控訴人の別居後の生活費に充当していたことを自認するが、右流用もまたやむを得ない措置で、控訴人は事実上これによつて右支払を免れた結果となつており、したがつて、現在では控訴人は被控訴人に対し右返還を求められないものというべきであるから、婚姻費用分担未払分はないものとみなし、財産分与については考慮しないこととする。さらに、被控訴人は現在実父の経営する貸衣裳店員として働きその収入によつて生計をたてていることが認められるので、財産分与のうち離婚後の扶養については定めない)。

次に、慰藉料の点について考えるのに、離婚原因が主として控訴人の前記行動、態度に起因する破綻であるので、控訴人は被控訴人に対し、離婚のやむなきにいたつたことの精神的苦痛に対する慰藉料を支義務がある。ところで被控訴人は、右慰払う藉料額算定の事情として、別居以後一〇年間三四歳から四四歳まで控訴人との婚姻に拘束され再婚の機会を逸したことを強調するが、当事者間の東京家裁における夫婦関係調整が不調となつたのは、前記認定のように、昭和四一年五月四日であり、被控訴人としてはその直後に離婚の訴訟を提起できたものというべきところ、それを敢てせず、今日まで遅延したのは、主として、被控訴人の自らの責任に帰すべきものであり、右事情は考慮することができるとしても、さほど強調すべき事情にはあたらない。また、被控訴人が婚姻の際持参した特有財産である家財道具については、控訴人が現に占有中であることを自認しているから、それは別途その返還を求めれば足り、仮にその動産類のうち返還時までに搬出等により追及不可能となつたものがあるとすれば、別途その価額相当の賠償請求を求められる関係にあるから、この事情は慰藉料算定につき考慮するのは相当とはいえない。本件において、被控訴人が控訴人と婚姻後間もなく控訴人と山川良子の関係を疑い、またそれが主な原因の一つとなつて離婚のやむなきにいたつたことをみると、被控訴人の精神的苦痛の存することは理解できるけれども、同居期間が僅か四か月にすぎず、困難を克服して夫婦生活を築くべき婚姻生活の当初に、その努力を放棄した一半の責任は被控訴人にも存し、〈証拠〉を総合すると、控訴人は現在肺結核療養中で十分な収入を得られない実情にあることが認められ、これらの事情と、前記認定の諸事情を合せ考えると、被控訴人の離婚により被る精神的苦痛に対する慰藉料は、金三〇万円をもつて相当とする。

したがつて、被控訴人の本件金員請求(附帯控訴による請求拡張部分も含む。)は、財産分与金一〇万円、慰藉料金三〇万円、合計金四〇万円、および、各金員に対する履行遅滞となるべき本判決確定の日から支払ずみにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で正当であり、その余の請求は失当というほかない。

三結論《省略》

(浅沼武 加藤宏 高木積夫)

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